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投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-08-16 14:02:04 (301 ヒット)

教会紹介 日高キリスト教会(北海道宣教区 北海道沙流郡日高町)

北方見すえる前哨地

牧師 下川 友也

 日高に来て15年目、今見えている風景を語り、教会紹介とします。日高は、道南の最奥に位置し、30分前後車で走ると、天下の𡸴、日勝峠(約千米)があり、そこを越えると、道東・道北が展望されます。

 ,修譴罎┐法道北からさらに、北方四島、またサハリンを宣教の視野に入れる、格好の前哨地教会である、ということ。間宮林蔵、伊能忠敬、松浦武四郎が、キリスト教伝道者では中田重治らが、足で小舟でわけ入った地を、福音の使命をもって、ということ。むろんその際、この地がアイヌ先住民族の居住地であったことを心にとめながらです。

 日高町は、開拓百年に、「樹海拓けし足跡の重きを知って、新世紀」との標語を採用して新しいスタートを切りました。ちょうど、飛び地合併で、海べと山合いの日高町となりました。R274とR237の交差する、わが山合いの日高町は、札幌、富良野、帯広、苫小牧にと、アクセスは比較的便利です。しかし、わが日高町は、人口減少、高齢化、地場産業なども起せずに町の存立が大きな課題です。夕張だけに限らぬ、日本全体の過疎化の心細さがあります。さりとも、人は居ないわけでない。青少年や子どもが居ないわけでない。ここをどう切り拓くのか、祈りつゝ求めているところです。

 E豕近郊の人口密集地域から日高へ。札幌や、中小都市でもなく日高へ、その恩恵は、まことに大きい。神様の造られた大庭で、心おきなく遊ぶ幼な子の気持です。祈りとみことばに集中するに、恵まれた地です。水と土と木(林・森)、虫や鳥や獣たち、空を見上げると昼は太陽と雲、夜は月、星、大宇宙の広がり、詩心を誘われます。

 現牧師、健康とはいえそろそろバトン・タッチの必要。求む、後継者!!


投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-06-27 16:09:57 (389 ヒット)

教会紹介 苫小牧福音教会(北海道宣教区 北海道苫小牧市)

献堂六十周年

教会員 伊藤 和子

 苫小牧は北海道の中では比較的雪が少なく温暖な気候で、樽前山やラムサール条約登録湿地のウトナイ湖を有する勇払原野が広がっています。また苫小牧港や新千歳空港を有し、交通アクセスの良い所です。

 私たちの教会は大戦後モンゴル共産化により国外退去を余儀なくされて来日したスウェーデン人宣教師たちによって生まれました。

 1951年エリック・アルメフォース師は苫小牧伝道を開始し、私たちの教会が設立されました。その後、パウロ・エリクソン宣教師が赴任し、1958年8月24日に現在地に献堂がなされました。当時、周辺は建物が無く、「ススキの生茂った中に建てられた教会に人々は目を注いだ」と二十周年記念誌にあります。1959年シグリット・ジョンソン師が赴任し、1965年小林基常牧師が主任となり、1974年自給教会となります。

 その年13教会から成る日本聖書福音教団が設立され、当教会に教団事務所が置かれ、広い北海道から諸教会が集まる拠点として用いられるようになりました。1984年から東頭戍牧師が牧会され、1988年新会堂建設が着工され、翌年1月に献堂式が執り行われました。2004年には同盟基督教団に加入し、2008年から2015年李俊昊牧師、2016年から現在水草修治牧師によって礼拝と宣教活動がなされています。今年献堂60周年を迎え、記念礼拝と記念誌発行を予定しています。初代教会の必要十分なしるし(使徒2章40〜42節)に立ち返りながら、キリストの光を輝かせて行くことを願っています。


投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-06-27 16:07:33 (350 ヒット)

教会紹介 小平聖書キリスト教会(東京宣教区 東京都小平市)

みことばと祈りを両輪に

牧師 大瀧 恵理也

 1965年秋、小平団地北側の宣教師宅を拠点に、ティーム宣教団ダビデ・マーチン宣教師によって始められた開拓伝道が、当教会のスタートでした。団地の一軒一軒を訪問し、トラクトを手渡す地道な種まきがなされ、じきに地域の集会所を借りて礼拝が持たれるようになりました。開拓の働きは、持病の治療のため帰国されたマーチン師に代わり、ラウツ宣教師へとバトンが受け継がれ、1969年4月に教会は日本同盟基督教団に加入し、新たな交わりに加えられました。

 その後、心臓発作によるラウツ師の突然の死を通し、無牧を経験しますが、主は試練の中で教会を祈りに専念させ、日本人牧師を迎える新たな歩みに導かれました。1974年より尾崎邦彦師、1977年より大瀧信也師、2006年より遠藤勝信師、本間文師( 旧姓・加藤) を通して、主はみことばをもって教会を養い、育ててくださり、喜びの時も涙の時も、「みことばに聴き、みことばに従い、みことばを生きる」ことこそ大切であることを教えてくださいました。

 主の主権を畏れ、みことばを熱心に聴く礼拝。礼拝に備えて、週日に集まりとりなす祈祷会の祈り。教会の歩みは、常にこの2つを両輪として導かれていることは、歴史を通して主が訓練してくださった賜物であり、小平の良き伝統です。

 開拓51年目の2 0 1 6 年より、当教会の献身者夫婦を牧会者に迎え、新たな歩みが始まりました。地域には、独居の高齢者や、新築に入居して来る若い世帯が増え、失われた魂はなお多くおられます。キリストの福音の恵みに生かされ、主の尽きることのない愛に応え、魂の救いと地域の祝福のために、みことばに聴き、祈りをもって仕えてまいります。

 


投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-06-13 15:56:22 (282 ヒット)

献堂の恵み 新鎌ヶ谷聖書教会

信じるなら、神の栄光を見る!

牧師 玉井 邦美

 開発著しい新興商業地域、新鎌ヶ谷の地に何とかして教会を!との熱き思いに突き動かされ、祈りつつ開拓をし12年目。ついに念願の地に主が会堂を与えてくださいました。それは、駅前の小さなビルの一室を借り、4度目の引っ越しを経てのことでした。また、“ 信じるなら、神の栄光を見る” とのみことばに励まされ、全ての必要を神が満たしてくださると信じて歩んで来た結果でした。

 しかしそのことが本気で試されたのは2016年の8月。広いビルの一室から、一年契約で古い一軒家の二間に集会場所の移転を余儀なくされた時です。これでは主に申し訳ない。宣教の扉も閉ざされていく。何とかして会堂を!と、会堂建築への熱い思いが一気に燃え上がり、3度目の引越し前から続けていた毎週の礼拝後の祈りにも力が入りました。そしてついに示されたのが現在の場所(県道沿い、駅近、160坪)でした。それは私たちにはとても手の届かない価格でした。しかし、上記のみことばを信じて心を一つにして祈り求めて行くうちに、主は信じられない奇跡の数々をもって、それらの必要をすべて満たし、会堂を完成させてくださったのです。

 驚くべき主のみわざを目の当たりにして、ただただ主のみ名を崇めるのみですが、その様な主の栄光を見せていただいた教会として、いよいよ主を恐れ、主を愛し、主に信頼し、主に従い、主の宣教命令に生きる教会を目指して歩んで行きたいと願わされています。


投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-06-13 15:32:15 (255 ヒット)

教会紹介 登別中央福音教会(北海道宣教区 北海道登別市)

「地よ、地よ、地よ。主のことばを聞け。」エレミヤ22章29節

牧師 盒 敏夫

 宣教団による6番目の開拓教会として1965年8月、現在地に「赤い屋根の会堂」が献堂されました。現在は3代目の牧師で41年目の在籍となります。会堂の表正面の壁に掲げられた聖句が、標記のエレミヤ22章29節のみことばでした。

 現在は、このみことばの実践を試みております。すなわち、「地の人に、主のみことばを聞いていただくためには、どのようにすることが最善か。」を問いつつ、「御国が来ますように」、「地域に根差し、山のように福音宣教の裾野を広げ、人が福音に接し易い環境を整えること」を模索しています。1984年のエチオピア大飢饉の際から、アフリカの飢餓支援に取り組み、現在は市民運動として活動が継承され、その輪が広がっています。1993年には主のみわざにより新会堂が与えられ、ワンフロアにすると150名を収容する教会堂が完成しました。

 教会活動は、教会内部の活動を大事に「愛が生み出す神の家族の教会」をキャッチ・フレーズの下、プローラ会、シャロン会、青年会、教会学校の連携により互いに教会全体の諸活動に仕え合います。教会外部への活動(市民イースター祭、毎年の各種コンサート、ブラ友活動、春夏秋冬のお友だち集会等)は、長いものでは30年〜40年、同じ活動を継続し、広く市民に門戸を開いています。牧師も地域社会に仕える心を大切にし、市からの委嘱ボランティアを始め、町内会活動に時間を捧げ、市民に信頼される教会形成に一役買っています。

 今、教会が課題に取り上げ、進めていることは、信仰継承と世代交代です。


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