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TOP : 社会厚生部だより 主よ終わりまで
投稿者 : doumei 投稿日時: 2017-02-01 17:21:19 (260 ヒット)

社会厚生部だより 

主よ終わりまで

部員 奥深山 井作(高山祝福教会牧師)

  晴れやかな笑顔で

 昨年2016年秋の主日のこと。私の奉仕する高山祝福教会の礼拝の結びの時に、一人の年輩牧師が車いすでゆっくりと前に進み出て、開口一番「この度、私は皆さんと同じになりました」とのこと。一瞬、会衆一同が「何かな?」と不思議な面持ちの中、「このたび、教団の理事会に引退願いを受理していただきました。廣瀬薫理事長より「長年のご労に感謝します。お疲れ様でした」との内容でお便りもいただきました。これまでの皆様のお祈りに心から感謝します」この証しを受けて当日の礼拝司会者が「ご健康の許される限りメッセージを!」とねぎらってくださり、会衆一同と共に和やかな礼拝の結びとなりました。

   引退教師とは

 去る、2015年3月に行われた第66回教団総会の議場にて、教規・第6章「教師」の項について担当された坂本誠理事(当時)より丁寧な説明がなされる中で「引退教師とは、立派に勤めあげたことの称号です。・・・何もないですけどね」とのお言葉が心の奥深くに残りました。素直な気持ちで「はい。アーメンです」と心の中でうなずきながら自らの召しを再確認しました。また同時に、同盟教団が教規の中に謳っている「引退教師」とは、当然のことながら、この世的な引退とは意味が異なること。主に生涯を献げたた働き人が、この地上にあって「勤めあげた者」と、神と教会の前で公にみなされることの特別な意味が込められていること。先に進まれる諸先生方への敬意と主にある愛を大切にする教団の姿勢を教えられました。

   いずれにしても

 私の最も身近にいる年輩牧師の場合は、今から4年前、80歳にして脳梗塞を発症し、右半身麻痺の後遺症を負いました。倒れた日の前日には、エペソ3章16節を中心に「内なる人の強化」と題して力強く説教を語ったばかりでした。常々「生涯現役」を掲げていましたが病は突然に訪れます。老老介護に尽くす伴侶を案じながらも「引退」の決断に至るのは簡単ではなかったと思わされます。そのような中、前述の「引退教師とは…」と、公にされた見解を共有し、いずれにしても「神の賜物と召命とは変わることがありません。」(ローマ11章29節)これは身を引くという消極的なことではなく、「恵みの先取り」であり、「主よ終わりまで仕えまつらん」との告白をもってお仕えしていくことに何ら変わりないことを確認し、共に恵みの主をあがめる導きとなりました。

 ここに記させていただいたことは、様々な弱さや困難を抱えておられる先生方のほんの一例ですが、同盟教団の今日のために労された諸先生方の生活が平安の内に守られることを通して、ますます召してくださった主の御名があがめられることを願わされるものです。



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