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TOP : わたしの証人となります
投稿者 : doumei 投稿日時: 2017-06-02 10:26:25 (62 ヒット)

理事の声 わたしの証人となります

理事 入江 喜久雄(福岡めぐみ教会牧師)

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1章8節)

  弱い弟子たち

 使徒の働きは数々の宣教を時間の流れに従って記すというのではなく、福音がエルサレムからローマ帝国へ、確実に末広がりに進展していった歴史を語っています。それは当時、主が弟子たちに「もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです」(使徒1章5節b)と聖霊降臨を約束されたからです。しかし、弟子たちは聖霊を待ち望むより「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか」と主ご自身に政治的、民族的な救い主を期待し、一刻も早く、ローマ帝国の支配からの解放をと願いました。その問いに主は「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。」と答えられました。弟子たちの心には、自分たちは弱く何もできない、主だけに働いていただこうとの考えがあったからでした。

 あなたがたは力を受けます

 しかし、主はそのような弟子たちに「聖霊があなたがたの上に臨まれる」と言われ、弟子たちこそ、聖霊を受けて福音宣教に用いられる者たちなのだと力づけました。彼らは明確なキリスト信仰がありませんでしたが、主は「あなたがたは力を受けます。」と約束されました。具体的に「力を受ける」とは、どのような内容だったのでしょうか。

 「わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。」(ヨエル2章28節)とあるように、聖霊が注がれるとみことばを語る人となるということです。実際、迫害下で「散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた」(使徒8章4〜5節)のです。また、「パウロを石打ちにし、死んだものと思って、町の外に引きずり出した。しかし、弟子たちがパウロを取り囲んでいると、彼は立ち上がって町に入って行った」(使徒14章19〜20節)とあります。半死半生のパウロはなぜ、立ち上がることができたのでしょうか。それは復活の主が彼と共におられたからです。これらから「力を受ける」とは、復活の主がともにおられ、宣教に進むという事ではないでしょうか。

 わたしの証人となります

 復活の主がおられるので、聖霊が臨み、弟子たちはキリストの証人となりました。どこに於いてでしょうか。.┘襯汽譽燹そこはキリストを十字架につけた人々、心のかたくなな人々、弟子にとっては主を否定した所です。▲罐瀬篩甘據それはイエスさまを救い主キリストと認めない人々が大勢いるところです。サマリヤ。それは偶像崇拝をしている人々が大勢いる所です。いよび地の果て。そこはギリシヤ文化、哲学者、無神論者が大勢いる所、強大なローマ帝国です。そのような地で、あなたがたは「わたしの証人(キリストの復活の目撃証人、殉教者、イザヤ43章10節)となります」(使徒1章8節)と主は約束されたのです。

 聖霊なる神さまが来られたのは、力なき弟子たちに力を与え、宣教が困難なエルサレムから地の果てまで、キリストの証人とするためでした。弟子たちはみことばに従ってエルサレムに留まり「みな心を合わせ、祈りに専念し」(使徒1章14節)、たのです。すると聖霊が臨まれ、世界宣教を行う者となったのです。私たちもみことばと祈りによって、主に従い、聖霊に満たされ福音宣教を進めてまいりましょう。


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