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TOP : 故リース元宣教師を偲ぶ
投稿者 : doumei 投稿日時: 2017-09-13 15:23:26 (99 ヒット)

故リース元宣教師を偲ぶ

読谷聖書教会 牧師 大瀧 信也

 8月の始め、リース元宣教師の召天の報に接し、とても驚いています。リース師は、1950年代と60年代に、新潟市とその周辺と新津市で伝道され、その後、東京都とその周辺や千葉県で伝道されたTEAMの宣教師でした。大戦中は飛行機のパイロットだったため、宣教師仲間ではバズ(ブンブンの意)というニックネームで呼ばれていました。

 私が師と初めてお会いしたのは、新潟福音教会(当時の名称は新潟福音センター)の土曜午後の、師と故マクダニエル元宣教師が教えてくださっていたイングリッシュバイブルクラスにおいてです。

1957年のことです。未信者の学生だった私がひっきりなしに質問を投げかけたため、この教会の宣教師達と牧師の合同祈祷会で師はいつも涙を流して私の救いのために祈ってくださっていたことを後で知りました。

 神学生時代、師とペアを組んで、新潟県と福島県の県境の日出谷地区で、開拓伝道集会を持ち、師が得意のトランペットを奏でて私が福音のメッセージを取り継ぎ、成人の決心者と求道者が7、8名起こされたことも忘れることのできない思い出です。ここで、すぐに日出谷集会が生まれ、何人かの受洗者も起こされ、師がこの頃牧会しておられた新津福音キリスト教会の会員となりました。私は神学校の学びの後、師の後を継いでこの教会で六年間主任牧師として奉仕させていただきました。

 後に私は、米国のミズリー州のセントルイスにあるカベナント神学大学院で3年間学んだのですが、この期間のある年、突然リース師がキャンパスに私を訪ねて来られ、びっくりしたことです。その時これもびっくりしたのですが、この学校で私の教師でもあった旧約学のバートン・ペイン教授と新約学のハロルド・メアー教授からリース師が若い頃別の神学校で生徒として学んだと師が私に語られたことです。

 カベナント神学大学院の学びを終わり、シカゴのトリニティ神学大学院で組織神学を専攻し帰国した私は、1977年11月に小平聖書キリスト教会に牧師として就任しました。この時、リース師は、小平市のTEAMの宣教師館に住んでおられたので、教会でしばらくイングリッシュバイブルクラスを担当していただきました。2006年3月末妻の健康上の理由で沖縄の地に移住してからも、米国の引退されたリース師から、何通かの手書きの英文の、長いお便りをいただきましたが、そこには私の子どもたちが献身し伝道者の道を歩んでいることを喜んでいる旨のことが記されていました。

 リース師を天に送られたローレーン夫人とお子さんたちの上に主の慰めと平安をお祈りします。


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