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TOP : 主の好まれる断食
投稿者 : doumei 投稿日時: 2017-11-06 16:50:58 (84 ヒット)

主の好まれる断食

理事 山口 陽一(新船橋キリスト教会牧師)

「わたしの好む断食とはこれではないか。悪の束縛を解き、くびきの縄目をほどき、虐げられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。飢えた者にあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見てこれに着せ、あなたの肉親を顧みることではないか。」(イザヤ58章6〜7節)

 この夏は7キロほどのダイエットに成功してごく快調です。食す喜びも増したように思います。イエスが、善行として「施し」と「祈り」と共に教えられた「断食」について考えてみましょう。隠れたところにおられる私たちの父に見えるような「断食」は良いことです。

  断食の時

 イエスの時代のパリサイ人は週に二度断食していましたが、そのような規定は聖書にありません。レビ記23章27節や民数記29章7節によれば、断食して身を戒めるのは第七の月の十日の大贖罪日です。それ以外は自発的になされるのが断食の特徴です。どのような時に断食するのか。ゼカリヤ8章19節に興味深い記事があります。

 「万軍の主はこう言われる。『第四の月の断食、第五の月の断食、第七の月の断食、第十の月の断食は、ユダの家にとって、楽しみとなり、喜びとなり、うれしい例祭となる。だから真実と平和を愛しなさい。』」

 ネブカデネザルによってエルサレムが攻略されたのが第四の月の九日でした。主の宮と王宮が破壊されたのが第五の月の七日、総督ゲダルヤが殺されたのが第七の月、さかのぼってエルサレムが最初に包囲されたのがゼデキヤの治世の第九年の第十の月の十日でした(粁鷁Φ25章、エレミヤ52章)。

 こうした民族の危機を想起して、悔い改め断食をする。それは楽しみであり喜びであり、うれしい例祭であるというのは、回復が始まった捕囚期後ならではの感慨でしょう。

  主の好まれる断食

 イザヤ58章1節は罪の宣告です。「精一杯大声で叫べ。角笛のように声をあげよ。わたしの民に彼らの背きを、ヤコブの家にその罪を告げよ。」

 しかし民は、自分たちはよくやっていると勘違いしています。自分たちの努力にどうして報いてくれないのかと不満を述べます(2〜5節)。

 そして、冒頭の6〜7節です。このことばに心に留めてください。

 そのとき、驚くべきことが起こります。

 8〜12節「そのとき、あなたの光が暁のように輝き出て、あなたの回復は速やかに起こる。あなたの義はあなたの前を進み、主の栄光があなたのしんがりとなる。そのとき、あなたが呼ぶと主は答え、あなたが叫び求めると、『わたしはここにいる』と主は言う。もし、あなたの間から、くびきを除き去り、虐げの指をさすことや、邪悪なことばを取り去り、飢えた者に心を配り、苦しむ者の願いを満たすなら、あなたの光は闇の中に輝き上り、あなたの暗闇は真昼のようになる。主は絶えずあなたを導いて、焼けつく土地でも食欲を満たし、骨を強くする。あなたは、潤された園のように、水の涸れない水源のようになる。あなたのうちのある者は、昔の廃墟を建て直し、あなたは代々にわたる礎を築き直し、『破れを繕う者、通りを住めるように回復する者』と呼ばれる。」

  私たちの断食

 ゼカリヤ8章19節の例にならうと、日本の教会には、日本基督教団の創立の6月24日、ホーリネス弾圧の6月26日、敗戦の8月15日、教団統理伊勢参拝の1月11日など、自発的な断食の候補日があるように思われます。グローバル経済の中で格差と排他の広がるこの時代こそ、イザヤ58章が教える「主の好まれる断食」の日であると思わされます。喜びを伴う真実と平和、社会局では、そのような働きをしたいものです。


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