Welcome Guest 
災害関連情報
ニュース
ご案内
教団各種資料
教団関係者用メニュー
TOP
TOP : 実りある宣教協力を実現するための教憲・教規
投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-03-09 14:00:05 (344 ヒット)

実りある宣教協力を実現するための教憲・教規

常任書記 畑中 洋人(石神井福音教会牧師)

「私はすべての異教的なものから彼らをきよめ、祭司とレビ人のそれぞれの務めの規程を定め、定まった時に行うたきぎのささげ物と、初物についての規程も定めた。私の神。どうか私を覚えて、いつくしんでください。」(ネヘミヤ13章30〜31節)

  「何のため」の規程

 エルサレムの城壁再建で知られるネヘミヤが最後に主に祈ったことは、彼が定めた「規程」のことだった。この規程は、城壁が完成し、民を集め律法の書を読み聞かせた後に策定したものである。レビ人たちと祭司たちがその盟約に印を押した。ところがネヘミヤがしばらくペルシャに戻り、再びエルサレムに来てみると、その盟約が守られていなかった。ネヘミヤが特に問題視したのは、祭司長を始め、民が異教徒と蜜月な関係にあったことだ。ネヘミヤが規程を設けた最大の目的は、民を異教的なものからきよめるためだった。城壁の再建もエルサレムの町を異教の軍事的攻撃から守ることだけでなく、民の霊的きよさを保つためだったのだろう。しかしネヘミヤの思いは、民に浸透していなかったようだ。「何のため」が失われると、規程はやっかいな決めごとでしかなくなる。人々は自分たちのこれまでの生き方を変えることができず、規程は反故にされた。

  歴史から学ぶ

 この実状を見て、ネヘミヤは厳しい改革を断行した。特に雑婚を許した人々には厳しかった。盟約に記したことをもう一度誓わせた上で、ネヘミヤはイスラエルの歴史を語り始めた(13章25〜27節)。ソロモンは神に愛されたにもかかわらず、外国の女をめとり不信の罪を犯した。以降国は分裂し、偶像礼拝が国を覆うことになり、ついに滅亡するに至った。この愚かな歴史が繰り返されてはならないとネヘミヤは訴えた。今年の2月に関東で開催された信仰の自由セミナーで、講師の齋藤篤師がドイツでは祝祷が民衆煽動罪にあたる可能性があると話され驚いた。それは片手で祝祷をすると、ナチスの敬礼ポーズを想起させるからだ。過ちを繰り返してはいけないとのドイツの徹底した取り組みに頭が下がる思いがした。

 日本同盟基督教団は、長い年月をかけて現在の教憲・教規、また諸規程を策定してきた。教団としての理念が組み込まれ、また歴史や経験から学んだことが反映されている。しかしいかにそれが良い物であったとしても、それだけでは実りあるものにはならない。

  規程を生かすのは「人」

 ネヘミヤが策定した規程は、実に具体的で理想的なものだった。これを守り行うならば神の宮がかつてのようになおざりにされることはない。ところがユダの人々は規程に従ってささげることをやめ、大祭司は神の宮の部屋を異邦人に貸し出し、レビ人は宮の務めを放棄し自分の農地に逃げ去った。さらに安息日に人々は仕事をし、外から商人たちが商品を運び込み商売をしていた。立派な城壁があっても、すばらしい規程を定めても、鍵となるのはそこに生きる「人」である。

 あらためて教団として教憲・教規を定めた意義を考えさせられる。私たちは、どうしても定めに従って運営することに思いが行きやすい。その結果、時に規程はやっかいなものと思われてしまう。機構改革は「聖書信仰に立ち、宣教協力を実りあるものとする」という理念のもと進められてきた。これを実現するために、教憲・教規が大幅に改訂された。大事なのはここからだ。それは教団の教職、信徒一人一人がこの理念を共有しながら教憲・教規をいかに豊かに生かして用いるかである。今年も教憲・教規に従って約100名の代議員による教団総会が開催される。さらに実りある宣教協力が実現するための総会となることを期待したい。またネヘミヤは最後に、神に「いつくしんでください」と祈った。できる最善を尽くして、主に祈る。この姿勢も私たちは大事にしたいと思う。


印刷用ページ 

ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

検索
日本同盟基督教団