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TOP : イエスの本気
投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-06-27 16:14:19 (175 ヒット)

イエスの本気

理事 西村 敬憲(西大寺キリスト教会)

 「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。邪魔してはいけません。」(マルコ10章14節)

 イエスに手を置いて祝福を祈ってもらおうと子どもが連れてこられたときの話である。そこでまず弟子たちが、連れてきた人たちを叱った(マタイ10章3節)。もう忙しくてイエスも疲れているのではないかと、最近のことばで言えば適切かわからないが忖度したのかもしれない。病気や悪霊で苦しんでいる人なら仕方ないが、別に困っているわけでもない子どものために、しかも祝福なんて、イエスさまはお忙しいのだ、お疲れなのだと、勝手に考えて門前払いをしたのかもしれない。

 ところが、彼らの後ろからイエスさまの叱る声が聞こえてきたのだ。大人の男性が叱るわけだから、優しいという感じではない。弟子たちの多くは体格のいい漁師たちだ。彼らがひるむくらいの迫力があったはずだ。イエスに叱られたらどんな気持ちになるだろう。でも弟子たちにしてみれば、これがはじめてというわけではない。

 たとえば嵐を静めるときに風を叱りつけたり、悪霊も叱って追い出しているし、ペテロだって「下がれ、サタン」と叱られている。イエスが本気で大切なことに立ち向かっているときに出る声だ。

 弟子たちは、忙しさの中でまさか、イエスが本気で子どもなんかにかまうとは思ってもいなかったのだろう。イエスを本気にさせるツボがこんなところにあるとは想像もしていなかったのだ。

 イエスは弟子たちにガツンと叱った後で、今度は優しく「子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福」した。イエスのことだから、この子どもたちの名前を呼びかけながら祈ったことだろう。祝福するとは、この子どもたちの生涯をずっと守るというイエスの決意でもあるはずだ。「神の国」は、この子どもたちのものだと言われたのは、そのイエス自身の決意と愛を表している。

 私たちの教団は、次世代を大切にしようと懸命な努力を続けてきた歴史を持っている。2007年の世界宣教大会の時には、そのスピリットを教団の宣教理念として表明し、次世代育成計画を「ミッション・テモテ21」として提案した。私たちの教団には、幼児から中高生まで約2千人が与えられている。これは信徒数約1万人の教団にとって驚くべき豊かな未来を託されていることになる。

 ところが、大切に洗礼まで育てられても、実はその約6割以上が中高生の時代に教会から遠のいている。つまり教会は、与えられている中高生を「イエスのところに来させ」ているのかが、問われていると言える。とは言っても誰だって中高生の時期があったにもかかわらず、中高生は苦手だという人も多い。実は、私もそんなに得意ではない。大体、まずうるさい。ギターとかもそうだし、集まると話し声も笑い声もリアクションも大きい。これまで中高生のキャンプも中高生科もさらにチャーチスクールでもずっと中高生に関わってきている。それでも生まれつきのフレンドリーさとは言えない。

 でもちょっと無理があっても、やっぱり大切にしたいから、まずあいさつをして声をかける。なかなか反応が薄いことも多い。たまに笑顔を見せてくれるときは嬉しい。多少のうるささには自分との闘いになるけれど、ちょっと我慢をする。楽器とかは時間と場所を話し合っておいたり、ジュース、お菓子やカードゲームを広げられる場所を決めたりしてストレスを少しでも減らそうとはしている。でも時には、教会のフクザツな事情も彼らにわかってもらわないといけなかったりする。なかなか心安らかにというふうにはならない。

 私の「ミッション・テモテ21 」はそんな小さな一進一退の積み重ねでしかなくて、長いトンネルの中にいるような感じだ。それでもあのイエスが、本気でここに来させろって叱るくらいの大切な人たちだし、けっこう中高生は優しいので、助けられたりして感謝もしている。


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