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TOP : クリスマスメッセージ
投稿者 : doumei 投稿日時: 2018-12-05 15:35:33 (48 ヒット)

クリスマスメッセージ

世田谷中央教会 牧師 安藤 能成

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」(ヨハネ1章14節)

 キリストが夜、家畜小屋で生まれたのは、彼が光だからです。光は明るい所ではなく、闇の中でこそ存在の意味があるからです。ベツレヘムで幼子イエスがお生まれになったとき、最初にその知らせを聞いたのは夜番をしていた羊飼いたちでした。彼らは当時の社会では低い階層に置かれていました。羊はパレスチナでは食用としても生活用品の材料としても重要な家畜でした。そしてユダヤ社会では宗教的にもなくてはならない家畜です。それでも羊飼いたちは日陰の存在でした。実際、社会で無くてはならないことのために働いている人々が必ずしも優遇されているとは限りません。

 神の目は、人間の目とは違います。人は自分より優れたものに目を奪われます。けれども神は人が目をとめようとしないところに目を注がれます。神のあわれみは水のように低いところに、人びとから虐げられて低くされる者、また進んで低くなる人に注がれます。すべての人を救おうとする神の不思議な導きは、私たちを低くならざるを得ない状況に追い込んで神を求めるようにさえします。

 イエス・キリストについてヨハネはキリストを永遠のロゴスとして表現しました。永遠のロゴスが人となって生きたというのです。神がどのような方なのかを見せてくださるためでした。

 1章17節には、律法はモーセによって与えられたとあります。律法は人々に生きるための規範を与えました。しかし誰一人として律法が求める規範に従って生きることができませんでした。律法を守れない者は違反者です。聖書はそれを不義であり罪だといいます。

 その律法の要求を満たせない私たちを恵みによって救うためにキリストが来られました。恵みは受ける資格のない者に与えられます。「罪の報酬は死です。しかし、神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」

 キリストの生涯は神の恵みでいっぱいでした。恵みは彼に出会う者すべてに及びました。病の人は癒され、悪い霊にとりつかれた人は解放されて喜びの人生に変えられました。自分では変えられなかった罪の悩みの生活から人々を喜ばせる生活に変えられます。神様を愛し人を愛して誰かの役に立つことが幸せになります。それはイエス・キリストの生き方でした。「この方は恵みとまことに満ちておられた」

 このキリストに従う道を選んだ一人にマザー・テレサがいます。カルカッタの貧民街で「愛の宣教団」を起こし「死を待つ人の家」を建てて仕えました。彼女をそこに導いたのは、幼い時に、教会に集まって来る貧しい人たちを見て父親に「貧しい人をなおす薬はないの」と尋ねたとき父親が答えた「お前がその薬を発明してくれるとうれしいね」という言葉だそうです。それを実現したのです。彼女の宣教の目的は社会改良をすることではなくて、「神がこの世を愛しておられることを宣言すること」だと語っています。

 今年の夏、私が奉仕している児童養護施設で、一人の担当保母が召されました。35歳でした。子どもたちがキャンプに出掛けていた日に、家庭舎で一人で亡くなっていました。どんなに寂しかったでしょう。子どもたちが大好きで、子どもたちからも職員からも愛され慕われていました。彼女が召される前の週にそこで彼女が作った夕食を食べて家庭礼拝をしました。忘れられません。でも彼女の生涯は彼女にとって幸せなものだったと思います。親の元を離れて施設に来なければならなかった子どもたちを一生懸命愛して最後まで尽くしたのですから。


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