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投稿者 : doumei 投稿日時: 2011-04-08 00:30:04 (1647 ヒット)


投稿者 : doumei 投稿日時: 2011-03-04 23:30:27 (2408 ヒット)

<p>エルサレム会議に学ぶ常任書記  水草 修治(小海キリスト教会牧師) 宣教120周年に当たる今年の教団総会に臨むにあたって、使徒の働き15章に記された最初の公会議のようすに三点学びたいと思います。 アンテオケ教会で、異邦人も救われるためには、割礼をはじめさまざまの律法を行なわなければならないのかということが問題となりました。これはアンテオケ教会のみならず各地に誕生しつつあった教会にとって共通の重要課題でしたから、パウロとバルナバはアンテオケの一教会だけで結論を出すべきではないと判断して、使徒団のいるエルサレム教会へと出かけて行ったのでした。ここから学ぶ第一点は、それぞれの地域教会はもちろんたいせつですが、同時に、教会は地域を越えて一つなのだということです。「からだは一つ、御霊は一つです。」(エペソ4章4節) パウロとバルナバを迎えて、エルサレム会議が開催されました。会議では、まず二人が神が異邦人にも聖霊を注いで救いのわざを行なわれたことを報告し、異邦人に割礼などの律法を強いてはならないと話しました。それに対して、パリサイ派の者で信者になった人々は、異邦人にも割礼など律法を守らせるべきだと主張しました。「激しい論争」でした(7節)。しかし、それは自分が勝つためにされた論争ではなく、神のみこころを求める議論でしたから、最後にペテロがユダヤ人も異邦人も恵みによって救われたのだ、我々も負い切れなかったくびきを異邦人に負わせるべきではないと言い(10、11節)、ヤコブは旧約の預言を引いて神は異邦人を召すとおっしゃっていることを論証すると(13〜18 節)、一同みこころを悟って一致したのでした。ここから私たちが学ぶべき教会会議の第二点は、教会会議は、主のみこころを求める会議なのだということです。活発な議論は歓迎です。しかし、それはどこまでも「みこころの天になるごとく地にも」という祈り心をもって、です。 エルサレム会議はこうして福音の本筋を明瞭にしました。異邦人は割礼を受けないで救われるということです。イエスを信じて救われた異邦人は、十戒に反する偶像礼拝と不道徳は別として異邦人として生きていけばよいのです。けれども、エルサレム会議は、福音の真理の本筋を明瞭にするとともに、実際的適用において、主を求める人たちにつまずきを与えないために、細やかな愛の配慮をしたことに気付きます。一つは、ローマ帝国のあちこちに住んでいるユダヤ人たちが、ひょっとしてイエスがメシヤなのかも知れないと思って教会を訪ねようと思ったときに、彼らにとってつまずきとなるような振る舞いは控えてくださいと求めたことです。「偶像に供えて汚れた物と不品行と絞め殺した物と血とを避けるように書き送るべきだと思います。昔から、町ごとにモーセの律法を宣べる者がいて、それが安息日ごとに諸会堂で読まれているからです。」(20、21節)というのは、そうした配慮でしょう。もう一つの配慮は会議の結論をアンテオケに持ち帰るパウロとバルナバに、エルサレム教会の代表者と書面で会議の結論を持たせたことです。そうしないと、パウロに反対する人々がパウロたちの報告に疑問をもつ危険性があったからです。こういうわけで、教会会議における大事な点の第三は、原則を明瞭にしつつ、適用における愛の配慮をすることです。「愛をもって、真理を語りなさい。」( エペソ4章15節)</p>


投稿者 : doumei 投稿日時: 2011-01-28 23:21:58 (1770 ヒット)

<p>キリストの証人となって生きる副理事長  中谷 美津雄(生駒聖書教会牧師) しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。   使徒1章8節  このみことばは28章に及ぶ使徒の働きの主題であるばかりかそれ以来2千年にわたって継続している教会の働き全体の主題であり、私たちの教団、教会の主題でもあります。「使徒の働き」は教師の働き この書はその名の通り、使徒の働きを記しています。ペンテコステの日に誕生した教会の人々が、「使徒たちの教えを固く守」っていたとあるように(2章42節)、使徒たちの教えは神の教えそのものでした。ペテロやヨハネによって福音が力強く語られ(3、4章)日毎に増える弟子たちの中心に使徒たちがいて、起こり来る問題の解決も彼らを通してなされていました(5、6章)。 教師たちが神のことばをその権威にふさわしく教え、福音を宣べ伝え、信徒の生活をみことばの光で導く教会は、生き生きと成長できるでしょう。「使徒の働き」は役員の働き この書は役員たちの力強い働きを記しています。役員は教会の配給のことで起こった問題が契機となって選ばれ、執事として食卓のことに仕えて、使徒たちを助けました ( 6章)。福音を弁明して最初の殉教者となったステパノや、ユダヤ人に差別されていたサマリヤ人への伝道に活躍したピリポはエルサレム教会の役員でした(7、8章)。役員が執事の務めを忠実に果たして教師たちを助け、自らも熱心にみことばを教え、福音の宣教に励む教会は、今もこの主題を生きているのです。「使徒の働き」は信徒の働き この書は名もない信徒たちの大きな働きを記しています。ステパノの殉教後起こった迫害で散らされた信徒たちは、みことばを宣べながら巡り歩きました。彼らがアンテオケに来た時、異邦人にも福音を語った結果救われる人が起こされ、異邦人によるアンテオケ教会が誕生しました。しかもこの教会からバルナバとサウロが宣教師として派遣され、遠くアジア、ヨーロッパにまで福音が伝えられることになりました。 信徒一人ひとりは小さくても、キリストの救いをかけがえのないものとして喜び、みことばに導かれて生きるなら、彼らもまた力あるキリストの証人となるのです。「使徒の働き」は聖霊の働き このように「使徒の働き」は教職、役員、信徒の働きです。しかし、どの立場の人も、自分の力で働きを進めることはできませんでした。上からの力が必要だったのです。その意味では、使徒の働きの真の主人公は聖霊ご自身であるというべきでしょう。 聖霊に満たされて初めて、教師はみことばと祈りに仕える人となり、役員は忠実な執事となって教会の必要に仕えることができ、信徒も力あるキリストの証人となり、教会の開拓や形成に用いられるのです。 この書の著者ルカは、「テオピロ(神に愛されている人)」に宛てて、この書の前にルカの福音書を書き送りました。キリストの生涯、特に十字架と復活の福音を彼に伝えて、彼を信仰による救いに導くためでした。この書は、更に進んで彼が 「キリストの証人」となって生きるために記したと言えるでしょう。その鍵は聖霊に満たされることです。 私たちも神に愛されている人テオピロです。教師、役員、信徒の一人ひとりがキリストの福音に現された神の愛を喜び、感謝すると共に聖霊の力を受けて、キリストの証人とならせていただきましょう。</p>


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